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少し昔話をしましょう。
僕がMacを初めて知ったのはもう10年以上前のことです。
専門学校から地元の印刷会社に就職して企画課に配属になりました。しかし机は営業にあり仕事も地元ホームセンターのTに毎日出向きチラシ用の商品撮影をしていました。
チラシのデザインや企画はすでに外部のデザイナーやホームセンターの広告課がしていて、僕は営業(というか雑用)を担当していたのです。
2年目になってこのホームセンターの親会社スーパーTのチラシをコンピューターでできないかという企画が持ち上がり(最初から計画されていたのか?)僕が、その担当者となりました。そして、そのコンピュータがMacだったのです。
88年当時鹿児島でパーソナルコンピューターを使用して印刷物、しかもチラシを制作するところはなく、一部業界では話題になりました。
「チラシ制作システム」と言う名目で国と県の事業補助ももらい機材をそろえました。最終出力機「ライノ」まで含めて2千万円程だったでしょうか。
そのシステム開発(作業の流れや使用するソフト選択・使用法など)を一切まかされたのが、入社2年目の僕だったのです。
もちろん初めてのコンピュータでしたし、鹿児島(印刷業界)にも数台しかないMacですから、解説書などもなく、しかもまだどこも試みたことのないシステムを立ち上げないといけない重圧に押しつぶされそうでした。
てっいうのはウソです
ほんとは事の重大さに全然気づいてませんでした。(若かったしね)
当時購入したMacは||cxでCPUが16MHz・メモリ8M・ハードディスクが80MBでした。価格は120万円だったかな?
現在ではその数十倍のスペックをもったMacが1/3以下で買えちゃうんですね。
まずはMacの操作から覚え、ついでアプリケーション(AdobeIllustrator
88.1.05EやAdobe Photoshopェ
1.0など)を覚えました。
まだ日本語環境も整ってなく、英語版のままのアプリを英和辞典片手に覚えました。
そのうちDTPと言う言葉が、業界でひろがり「ああ自分の仕事はこのDTPなんだ」と理解できたのが、半年程たった後のことでしたね。
雑誌業界ではMac専門誌などがいち早くDTPを取り入れ紙面作りをしていましたが、やはり問題も多く一部分を除いてはまだまだ、手作業(写植や制作)の占める割合は大きいものでした。
東京の大手出版会社や印刷会社でもそんなかんじでしたので、地方都市鹿児島の小さな印刷会社で、しかも雑誌よりも難しいとされているチラシをDTPでやろうというのは、かなり無理があるようでした。
つづく・・・
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